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2016.11.27
売却したくても買い手いない 役割終えた「ニュータウン」

【マンション業界の秘密】その昔、「ベッドタウン」という言葉がはやった。都心勤務者が寝に帰る街という少し揶揄(やゆ)を含んだ呼び方だ。

 東京や大阪の郊外にある「ニュータウン」は典型的なベッドタウンで、多摩と千里がその代表格だろう。ともに高度経済成長期に計画され、1970年代から80年代にかけて最も活発に開発された。両方とも開発はまだ完成していないが、すでにその役割は実質的に終えている。

 都市の人口が膨張し始めると、旧来の市街地だけでは収容しきれない。居住エリアは自然に郊外へと広がる。その流れを効率よく吸収しようというのが目的で、大きな成果を上げ、多くの世帯がそこにマイホームを得た。

 70年代に開発されたニュータウンの集合住宅は、築40年を過ぎたものもある。

 当初に入居した方は、今は大半が高齢者で、3世代目が子育てを始めるころだ。

 その3世代目はどこに住んでいるのだろう。20代や30代の若い家族が築40年以上の老朽化した集合住宅に好んで住むとは思えない。自分の住みたい街に家を借りたり買ったりして暮らしているはずだ。

 初代が鬼籍に入り、残された住まいを相続した人も多いだろう。この2世代目はどこに住んでいるのか。

 年齢で言えば、だいたい50代から60代。多くは若いころに35年などのローンでマイホームを購入している。親のそばのニュータウン内で買った人もいるかもしれない。

 問題は相続した住まい。売却しようとしても、捨て値でもない限り買い手はつきにくい。借りたい人を見つけるのも難しい。

なぜ、そんなことになってしまったのか。多くのニュータウンは、まさしくベッドタウンとしての役割だけを果たすように開発された。寝に帰るだけの街には、それ以外の目的で人は流入しない。商業施設も日常生活を満たす程度にしか整っていないことが多い。

 ニュータウンの先駆けとなった多摩や千里が街としての元気をなくしているのに、いまだに後発のニュータウン内では分譲マンションが開発されている。規模は小さいながら新たにニュータウン的な開発を行う動きさえある。

 すでに時代は変わった。この先、新たなニュータウンなど不要で、これまでたくさん造ってきた街の出口戦略を考えるべきだ。

 そのための時間はあまり残されていない。集合集宅は、入居率が8割を切ると加速度的に疲弊する。管理が次第におろそかになる。お金も集まらなくなり、場合によっては廃虚へと導かれる。出ていける方はまだいい。そこにしか住めない方にとっては死活問題だ。

 政府は老朽の集合住宅を処理する法整備を急ぐべきであり、自治体はもっと積極的に取り組むことが求められる。


産経デジタル抜粋